日本国内においては、シロシビンおよびそれを含むキノコは「麻薬及び向精神薬取締法」に基づき 規制薬物(麻薬)に指定されており、所持・使用・譲渡・栽培などが厳しく禁止されています。
本サイトは、サイケデリックや精神活性物質に関する最新の研究、国際的な医療動向、歴史的背景などの情報を、 教育・啓発・学術的な目的で提供しており、日本国内での使用や違法行為を推奨・助長する意図は一切ありません。
また、本サイトの内容は医療的助言を目的としたものではありません。ご自身の健康に関する判断は、 必ず医療専門家にご相談ください。
がんの診断は、多くの場合、患者の人生に深い影響を与えます。治療や予後に関する不安に加え、これまで以上に生命の有限性を意識することで、うつ病や不安障害といった精神的な負担が生じることも珍しくありません。
こうした心の負担は、単なる気分の落ち込みにとどまらず、抗がん剤治療の継続意欲や身体的な回復にも影響し、生活の質(Quality of Life, QOL)を大きく損なうことが知られています。
従来は抗うつ薬や心理療法が用いられてきましたが、薬物は効果が現れるまでに時間を要し、副作用の懸念もあります。また、心理療法も重度の抑うつや存在的な苦悩に対しては、十分な改善が得られにくいケースがあります。
近年、この課題に対し「シロシビン」という新たなアプローチが注目を集めています。米国や欧州では、シロシビンを用いた臨床試験ががん患者のうつ・不安を数週間で大幅に改善し、その効果が数年続く可能性を示しており、精神腫瘍学(psycho-oncology)の分野に大きな波紋を呼んでいます。
シロシビンとは
シロシビン(Psilocybin)は、いわゆる「マジックマッシュルーム」と呼ばれる一部のキノコに天然に含まれる化合物で、経口摂取されると体内でシロシン(Psilocin)に変換されます。シロシンは脳内のセロトニン5-HT2A受容体に結合し、知覚、感情、思考のパターンに深い変化をもたらすことが知られています。
近年の神経科学研究では、シロシビンがデフォルトモードネットワーク(DMN)と呼ばれる自己関連的な脳活動ネットワークの過剰な結びつきを一時的に緩め、通常は接続が弱い脳領域間の情報交流を活性化することが示されています。

この変化は、固定化された否定的な自己認識や思考パターンからの離脱を促し、新しい視点や感情の再構築につながると考えられています。
こうした脳活動の変化は、がん患者が抱える「死の恐怖」や「人生の意味の喪失」といった存在的苦悩を軽減するうえで重要な役割を果たす可能性があります。
実際、ジョンズ・ホプキンス大学やニューヨーク大学ランゴン医療センターなどで行われた臨床試験では、単回のシロシビン投与と心理的サポートの組み合わせによって、治療後数週間で抑うつ・不安が有意に改善し、その効果が6か月から数年持続したと報告されています
ドラッグの使用経験は人それぞれでしたが、結果は驚くべきものでした。研究に参加した人の60~80%が、治療後6ヶ月間、うつ病や不安症状の軽減が持続したと報告しました。
参照:https://time.com/4586333/psilocybin-cancer-anxiety-depression/
シロシビンは従来の抗うつ薬とは作用機序が異なり、「毎日服用して効果を維持する薬」ではなく、「短期間の集中セッションによって持続的変化を引き出す可能性がある介入」という点が大きな特徴です。そのため、がん患者の精神的苦痛に対する新しい治療オプションとして、国際的に研究が加速しています。
最新研究の概要と結果
最重要フェーズⅡ試験(Cancer 誌, 2025年)
2025年にCancer誌に掲載されたフェーズⅡ試験では、うつ病と診断された進行がん患者28名を対象に、単回25mgのシロシビン投与と心理的サポートを組み合わせた介入が行われました。
本研究は、治療効果の持続性を評価するため2年間の追跡調査を行った点が特徴です。

結果として、2年後の時点でうつ症状の有意な改善が確認された患者は15人(53.6%)、さらに持続的改善または完全寛解に至った患者は14人(50%)に達しました。また、不安症状の改善は12人(42.9%)で見られました。
単回投与で2年持続する改善効果を世界で初めて追跡した画期的試験
出典:Long-term benefits of single-dose psilocybin in depressed patients with cancer
2016年の無作為化クロスオーバー試験(ジョンズ・ホプキンス大学/NYU)
2016年、ジョンズ・ホプキンス大学とニューヨーク大学ランゴン医療センターの研究チームは、進行がん患者29名を対象に低用量(偽薬相当)と高用量(0.3 mg/kg)のシロシビンをそれぞれ7週間間隔で投与し、無作為化二重盲検クロスオーバー試験を実施しました(Griffiths et al., 2016)。
評価は投与後7週間および6.5か月後に行われ、その結果、60〜80%の患者が臨床的に有意な不安・うつ症状の改善を維持しました。さらに、存在的苦悩や死への恐怖の軽減、生活の質(QOL)やスピリチュアルウェルビーイングの向上も報告されました
がん患者の存在的苦悩や死の恐怖を大幅に軽減した歴史的臨床試験
グループセラピー型パイロット試験(2023年)
2023年には、グループセッションと個別セラピーを組み合わせたパイロット試験が報告されました。対象は抑うつ症状を抱えるがん患者30名で、単回25mgのシロシビン投与を実施。
8週間後の評価では、80%の患者が持続的な症状改善を示し、50%が寛解に達しました。特筆すべきは、重篤な副作用が報告されなかった点です。
この試験は少人数での実施ながら、シロシビンを用いた集団型の心理的介入の有効性と安全性を示す重要なデータとして位置づけられています。
少人数ながらグループセラピー併用で高い寛解率と安全性を示した実証研究
出典:Psilocybin-assisted group therapy in patients with cancer diagnosed with a major depressive disorder
考察と解釈のポイント
効果のメカニズム(仮説)
シロシビンががん患者の精神的苦痛を軽減する背景には、脳の神経ネットワークの再編成と神秘体験(mystical-type experience)による認知変容が関与していると考えられます。
fMRI研究では、シロシビンがデフォルトモードネットワーク(DMN)の過剰な同期を一時的に緩め、通常は結びつきの弱い脳領域間の新たな連結を促すことが示されています。
この神経的柔軟性の高まりが、固定化された自己像や価値観を揺らし、死や病気に対する受容的な姿勢を形成する可能性があります
また、臨床試験では、多くの患者がセッション中に「自己と世界の一体感」や「深い平穏感」といった神秘体験を報告しており、この主観的体験の強度と治療効果の持続期間には相関があるとされています。
課題と限界
現在までの研究はサンプルサイズが小規模(28〜30名程度)であるため、統計的な信頼性や再現性の面で限界があります。
また、長期的な安全性データはまだ不十分であり、現在は複数施設での大規模試験や、25mgを2回投与するプロトコルの効果検証が進行中です。
さらに、治療効果にはセラピストの経験・スキルや環境(set & setting)の質が大きく影響するため、治療プロトコルの標準化が不可欠です。
今後の展望と実用化への流れ
米国食品医薬品局(FDA)は2019年、シロシビン療法を「ブレークスルーセラピー」に指定し、従来の治療で十分な効果が得られないうつ病や終末期精神苦痛に対する臨床応用を加速させています(Wikipedia, Verywell Mind, People.com)。
現在、25mgを2回投与するランダム化比較試験が進行中で、単回投与に比べて効果率をさらに高められるかが注目されています。
法規制の面では、米国オレゴン州やコロラド州が公認制度を開始するなど進展があり、欧州やカナダ、オーストラリアでも臨床使用の法整備が進みつつあります。
一方、日本やアジア諸国では規制が厳しく、研究目的以外での使用はほぼ不可能ですが、国際的な研究協力や臨床データの蓄積によって議論が始まる可能性があります。
タイでは2024年4月23日に、マジックマッシュルーム(Psilocybe cubensis)をCategory 5麻薬に位置づけ、適切なライセンスがあれば医療および臨床研究目的での使用が合法とされました。